韓国のコミュニティサイトより「日本の立場から見ても、壬辰倭乱が現実性を欠いていた理由」というスレの反応を翻訳して紹介します。
日本の立場から見ても、壬辰倭乱が現実性を欠いていた理由

豊臣秀吉の公式な官職は、関白および太政大臣である。
豊臣が壬辰倭乱を計画しようとした際、対馬島の領主はもちろん、全国のすべての大名が総じて冷ややかな反応を示していた。対馬の立場からすれば、独占してきた我が国との貿易を失う可能性があり、地方の大名たちも「これまで散々血を流してきたのに、わざわざ他国へ行って無意味に死ぬ理由があるのか」という理屈だった。
当時の我が国と倭国の関係においても、倭国があえて我が国へ侵攻する名分は存在しなかった。むしろ、朝鮮側には倭を攻める名分があったが、王室は倭寇の討伐にとどめ、倭国の動向を注視するにとどまっていた。
そして、こうした倭国の不穏な動きは我が国の朝廷にもすべて把握されていた。むしろ『宣祖実録』を見ると、当時の倭国の政治状況をよく理解しており、「常識があれば攻めてくるはずがない」という認識だったことが分かる。それでも万一に備え、名目上「日本統一を祝う」という形で通信使を派遣したが、返ってきたのは侮蔑的な対応だけだった。
通信使の証言によって、倭が侵攻を準備している事実はほぼ確定し、我が国はそれなりの備えを進めた。一方、倭国側でも「領地を守らなければならない」という名目で出陣しなかった大名勢力が存在し、後に彼らが関ヶ原の戦いの主役となる。
そして壬辰倭乱が勃発し、倭軍が侵入してきた。いつものように侵入には備えていたし、ある意味では、万全だった。
侵攻してきた兵力が、およそ10万という常識外れの規模であったことを除けば。
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韓国の反応
戦うことにに取り憑かれたサムライ10万人を水に沈めて、そのおかげで平和な時代を開いたわけだから。
ああいう戦闘狂たちを本土に残していたら、江戸時代に反乱が頻発していたはずだ。
関ヶ原の戦いを見ると……確かにその通りだ。
ただ、秀吉本人にとっては得じゃなかっただけ・・・。
もうろくしてしまった代償があまりにも大きすぎた。
そこで失われたのが、当時の首長だった秀吉直属の兵力の大半だった、という致命的ミスを除けばだけどな。
せめて自分の政敵みたいな危険分子を送ってたならまだ分かる。
肝心の危険分子は、理由をつけて行かなかったという・・・。
サムライ勢力を燃やす場所としては、まあ使い道はあった。
ついでに国ごと取れたら良かったんだろうけど、李舜臣という天変地異を予め予測することができなかった。
日本が攻めてくるにしても、絶対に大規模じゃないと思ってた。
あんな大軍がどこから来るんだよ、と・・・。
最悪中の最悪が起きた。
小説では何をするにも理由や伏線が必要だけど、現実では
「誰か一人が狂ってやらかしました」
で片付くから。
やっと日本の頂点に立ったのに、血縁は高齢や病気で次々死に、後継者は甥でお茶を濁すしかなく、
「死ぬ前に一発デカい業績を残そう!」
という気持ちで行動にd得た。
今のプーチンと、かなり似た状況。
戦闘は強かったけど、補給が切れて負けただけ。
こっちだって、一番危なかった初年度にほぼ10万人くらいは動員してた。
中には後に徳川に寝返る武将(加藤清正、福島正則など)もいたが、相当数は西軍側の兵だった。
だから徳川にチャンスが回った。
こっちは完全に損した。
相手が10万人とか本当に何なんだよ……。